ドイツ暮らしのキロクチョウ

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2週間こっちに遊びにきていた父が、ロンドン経由で無事帰宅。
でも今回もやっぱりトラブルに見舞われてハラハラの連続。

父の飛行機が朝早い便だったので、
眠ったままの子どもたちを着替えさせて車へ。
天気予報を見て覚悟はしていたけど、あいにくのすっごい霧
乗りなれた道でさえ、前がほとんど見えなくて怖い状態。
一度危うく、事故を起こしかけました


でもなんとか出発の2時間前に空港に到着。
ブリティッシュエアウエィズのカウンター近くに行ってみると、
あれ、みんなチェックインカウンターじゃなくて、臨時のカウンターの前に並んでいる…。
もしや…と思って、電光掲示板に目を移してみると、
父が乗る予定の便の右端に「Canceled」の文字

本当に最近フンダリケッタリだなとため息をひとつついて、みんなが並ぶ列に並ぶと、
珍しく、航空会社の職員が申し訳なさそうにコーヒーを配りながら事情を説明してくれる。
欠航の原因は、前日のロンドンの悪天候で、予定の飛行機が前日到着できなかったから。
また悪天候が原因、ここまで続くと、ヒースローに哀れみさえ感じてもくるが…。


代わりにルフトハンザの便を用意してもらうまでに1時間。
もともとの便より20分遅れるだけなのはいいけど、
ここで1時間もロスしてしまったので、搭乗まであまり時間がない
しかも、ルフトハンザは別のターミナルからの出発なので、
早足でターミナルを移動して、なんとか無事チェックイン。

ルフトハンザのカウンターで、到着はヒースローのターミナル2であることを告げられる。
あぁ、まずい、もともとはターミナル1に到着の予定だったから、
ヒースローのターミナル2からターミナル1への移動の方法を、
まったく父に説明していない
不安を抱えつつも、搭乗時間が近づいているので、そそくさと別れて、父を送り出す。


こっちはもう不安だらけだったけど、私と別れた後はすべて順調、無事成田に帰還。

わたしは、日本に向かったときも、ドイツに帰ってくるときも、
そして今日父を送り出すときもトラブル続きだったのに…。
もしや、これって私のせい? と、その数秒後に気づく。
今年、厄年なんです。

今年大事なことを抱えている時は、私に近づかないほうがいいかも…




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11月1日に、やっと新しい家に引っ越しました
初めて建築士さんとの話合いをしたのが2003年の冬だったから、4年越し。
まだ家の中はごちゃごちゃだけど、なんとか生活してます。

引っ越して10日、とりあえずここまでは、なかなかの住み心地。


でも、早速恋しくなってしまったのが、暖炉。
これまでの家では、暖炉で家全体を暖かくしていたけど、
おばあちゃんになるまで住む予定のこの家では、
年老いた体で、定期的に薪を暖炉にくべなければならない苦労と、
暖炉だと家の中がどうしても灰や埃っぽくなって掃除の回数が増える面倒を考えて、
暖炉を断念。

暖炉はたしかに何かと面倒。
でも、炎がもえる様子とか、薪がパチパチと燃える音には癒されもしたなぁと今更ながら。


かわりに、新しい家では、「ペレッツ」といって木屑を固めたものを採用。
これだと2年に一回、専用の機械の中にペレッツ2トンを入れてもらうだけなので楽チン。

ペレッツが家全体に敷き詰められた床暖房を暖めてくれます。
床暖房は、結構正解な暖房手段だったなと。
キッチンや洗面所や、シャワー室まで床の乾きがすごく早いし、
居間も子供部屋も絨毯なしで、床にゴロゴロしちゃいます。
これから家を建てる人に、全館床暖房、ぜひお勧め。


暖炉の代わりには、これからキャンドルに活躍してもらおうかな。
そこへ、「木の家なんだから、危ないよ」とお義父さん一言。
ムード台無し、でも一理あります…。


家の中が落ち着くまでにはもうすこしかかりそうだけど、来客歓迎~。



自分の目を疑うとはまさにこのこと!
朝起きて、雨戸を開けてみてびっくり

お向かいの家の屋根がうっすらと白い。
霜が降りたのかな、と思った次の瞬間、
空から白いものが落ちてくるのに気づく。 雪だ。

たしかに天気予報では寒くなると言っていて、
山間部では雪の予報だったけど、まだ10月ですよ、おいっ。

あまりにも驚いたので、言葉にならない声を発してしまって、
熟睡していた家族が何事かとおきてきた。

雪に気づいた子供たちは、
→ベランダにでて、ドアをあけたまま雪を眺める。
   私:寒いからそこを早く閉めて~!
→目をこすりながら「雪だるま作らなきゃ」とパジャマのまま玄関へ向かう。
   私:まだ寝ぼけてる??とにかくその格好で外へでちゃだめぇ!

昼までには雨に変わってしまうと思うけど、
10月の雪に、ひっさびさに驚かされました。
おかげですっきりとした目覚め。

よい日曜日を。
今、ビルマで起きていることが、ひたすら悲しい。

ビルマはそれりに思い入れのある国で、
またいつか絶対に行きたいと思っているし、
そのときは、友達との再会も果たそうと思ってる。

ビルマでの反軍政デモのニュースを初めて聞いたとき、
「今度こそ!頑張れ!」と思った。
今思えば、かなりお気楽すぎる感覚。
「民主主義的」な方法で意思表明をしている民衆の群れに政府が武力行使。
命を落とす人あり、今後何十年の自由を奪われる人あり。
こういうことが当然のこととして想像しうるビルマの話なのに。

数千人の犠牲者をだした前回の民主化運動から19年。
今回このチャンスを逃したらいつ民主化されることか、
という切実な思いはすごく伝わるけど、
自分がこんな遠い国からただ「頑張れ」を言うことさえなんだかはばかられてしまう。
たくさんの命がただ失われた前例を思うと。

今のところは国際社会の注目度も高いし、
そんな横暴がいつまでもまかり通るはずなないと、
期待してしまうこともあるけど、
私たちのそんな当たり前の感覚が当たり前でないのが軍事政権。

21世紀にあっていまだにこういう事が起こりうるのが悲しいし、
民主化を求めて命をかけて行動している人がいる一方で、
快適な部屋の中でコンピューターの前に座っているだけの自分にも虚しくなる。

結局のところ、自分の頭の中にあるお粗末なことを、
他人の目に触れるところに置いておくことしかできないな。







大学時代は「起きたらタモリ」なんんてこともよくあったけど…。
ひさびさに、昼まで寝てしまいました
朝、いつもどおりの時間に起きだしてはみたものの、再び吸い込まれるようにベットへ…。
頭の中で「起きなきゃ…」を繰り返しつつも、ちゃんと起きられたときには、
子供たちとダンナが昼食をとり終えた後


起きてみてはじめて疲れが溜まっていたことを認識。
子供2人を幼稚園に預けて少し楽な暮らしになると思いきや、
やっぱり、娘同様私も緊張(心配?)状態の連続。
(最初は順調だった娘も、最近は幼稚園で1日最低1回は泣くらしい。
 朝、行きたくないと泣いたこともすでに2回。)

それから、昨日は、日本語講師の会B州支部の研修会があって、
今年、準備を任されていた私は、
ここ最近ずっと、講師の先生との連絡、参加者との連絡、会場との連絡、
それに大使館との連絡に追われていました。
でも、無事終わってよかったぁ


すっごくいい天気だったので、このままじゃいかんと思って、
午後はカフェへとくりだすことに。
高台にあって、市街を見下ろせるこのカフェには、いつも癒されるぅ。


明日から、日本語のクラスが始まるので、私も始動。
クリスマスまで結構仕事が入りそうな雰囲気で忙しくなりそうだけど、
体力の低下は今日思い知ったので、あまり無理せず乗り切ろうと思う。

2児のハハが、日曜日に昼まで寝てるって、マズイよね…
もうしません。

isoha

Author:isoha
遊びに来てくださって
ありがとうございます。
たまにたまにですが、
更新しています(笑)。

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